先月23日早朝、いつものように関空へ今回のメンバー9名が集合しました。 今回は初参加が1名のみであったため、みんな気負いも無く慣れた手つきで早速資器材を手分けして収容するなど淡々と準備にかかりました。
今回我々の目標は前回まで3回続けて行ったBLS実技評価と大規模災害訓練を柱にそれに必要な観察、処置の復習と応急担架作成方法を行いました。
目標は全員が「強く、早く、絶え間なく」の意味を理解し実践できること。はたしてその出来は如何に? また、今回は指揮者養成のために実際の現場指揮者5名を選抜し、別室で会長より特別コースが設けられたのも今までにない試みでした。 前回の支援で私は指揮者教育の必要性を強く感じました。 というのも小規模な訓練でありましたが、各小隊単位で各々機能はしていましたが、それをつなぎ合わせて大きな力とすることが出来ていなかったからです(詳細は第3回支援報告を)。 今回の5名はそれぞれの所属機関(保健局、軍、消防、警察)では辣腕を揮っていますが、基本的なことから大規模災害に対応方法まで会長よりみっちり仕込まれたので訓練本番ではどのように活躍してくれるかと期待していました。 二日目の午後、めずらしく順調に予定をこなしていく中、会長が前記の指揮者達と訓練場所の視察に行くことになり通訳の糸賀さん(今回は通訳は1名)もそちらに行くことになりました。 ちょうど傷病者動線について説明する時間でしたが「では、詳しく受講生に説明よろしく。」と会長より急に振られ、さすがにこの時は「えっ!」と言葉に詰まりました・・・。 資料は全て会長の知人の在日インドネシア人の方のご尽力により、インドネシア語に変換されていましたが私はインドネシア語が話せない・・・。 困りました・・・。「English speaker? Someone?」と聞きましたが、こんな時に限り受講生にも英語が話せる人がいない・・・。他のJPRメンバーの熱い視線もヒシヒシ側頭部に突き刺さるのを感じました。 その時、見学者の看護学生の方が1名手を挙げてくれてなんとか拙い私の英語で乗り切りました(と、本人は思っていますが・・・)。
でも、もう我々はこんなことには慣れっこです。 特に慌てる事も無くじっと聞いていました。 結局、後で内容を見直すと我々が用意したもの殆ど変わりなく、当局としても面子を保つために必要なパフォーマンス的なものだったのかなという感じです。 今後の支援活動時には、この辺も配慮が必要ですね。 いよいよ、迎えた最終日!大規模災害訓練当日です。 今回は負傷者300名の予定ですので、その人たちに対する「仕込み」も一仕事です。 まずはスカートを着ている女性、その他の女性、男性と分け(集合時間もバラバラでした)、男性の中から赤、黄、黒(イスラム教のお国柄で、黒も現場には置いておけず警察の車両で寺院などにできるだけ早く搬送するそうです。 今後、有事にそれでもいいのか検討してもらいたいですね。)を選抜しました。
これだけでかなりの時間と体力を消耗しました。
午後14時20分頃大規模訓練突如開始!(予定では14時開始、遅延理由不明!)
後は訓練を重ねることにより錬度、正確性、全体のスピードアップを図れると思います(これが日本でも難しい!)。 幸いな事に、南カリマンタン州政府も継続的な訓練の必要性があるとコメントを発表していますので、引き続き要請があれば是非また参加したいものです。 以上で私のご報告は終了です。 なお、今回お忙しい中ボランティアでご協力いただいた、通訳のインドネシア在住の糸賀さん、カメラマンとしてご参加いただいた小池さんに、厚くお礼申し上げます。 今回の成功もお二人のご協力があればこそです。 JPR一同、感謝しております。 では、他の隊員のご報告をお楽しみに!
しかし、それが少しでも彼ら自身による災害対応力の向上につながればと思います。 最後になりましたが、インドネシア支援にご協力いただきました、すべての方々に感謝申し上げます。
きっと前回の支援で配布したBLSのDVDと受講生達が練習してくれていた結果だと思います。 今回、BLSでの一番のポイントは、BLSチェック表を用いた、BLSの実技チェックを行なうことでした。
今回のよかったことは、受講生のモチベーションが高く休憩時間に今回の技術支援にリストアップされていなかった方や、見学に来ていた看護学生さんに自ら指導を行なっている受講生がいたことです。 受講生が自ら指導者になって、BLSを指導している姿を見ることができ、きっと私たちが帰国した後も、多くの方に継続して指導を行なってくれると思います。
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