第3回インドネシア技術支援

Indonesia




 第3回南カリマンタン州・バンジャルマシン市技術支援結果報告2008・8/31〜9/5
 インドネシア・南カリマンタン州・バンジャルマシン市第3回支援に行ってまいりましたので、ご報告をいたします。
 今回はJPR開設以来初となる会長不在での支援となり、かなり不安な気持ちで8月31日の早朝関空へ3名の隊員とお
見送りの皆さんが集合いたしました。

 その後、バリを経由しジャカルタでマレーシアから2名の隊員が合流し今回の隊員5名が勢ぞろいしました。
 翌朝はジャカルタ時間の5時にホテルを出発し、バンジャルマシン時間の11時前には訓練会場へ到着しました。
 (インドネシア国内でも時差があります。)
 早速、資器材チェックを行いましたが、前回にこちらへ置いてきたものはしっかり管理されており全て使用可能の状態で
まずは一安心。

 訓練開始前には恒例の州の幹部の方による歓迎の挨拶をいただきました。
 我々も簡単な挨拶をした後、今回もまずはBLSでアイスブレーキングとスキルチェック!今回はミニアンも初参加で
す。

 
 州助役と保健局長
 初日の訓練終了後、第1回支援に間に合わすべく送った改造救急車と感動の対面です。
 きれいに塗装を施されて「早く現場につれてって〜!」と叫び声が聞こえてきそうでした。
 初日の訓練終了後は、保健局長のご案内でラマダンのセレモニー会場へ。
 ここで、偶然にも州知事、副知事、市長にお会いすることができました。
 また、JPRが来たことを現地の新聞にも取り上げられていました。
 二日目はルーカスを使用した車両の破壊方法の訓練を行いましたが、やはり受講生の皆さんは興味津々です。
 そして、迎えた最終の3日目。
 午前中は、集団災害の対応についての講義、一次トリアージ訓練を実施。
 午後よりクライマックスの南カリマンタン州当局が企画立案した集団災害対応訓練!
 内容は多くの人で賑うラマダンのお祭り会場近くで火災が発生し、パニックになった群集が多数負傷という実際にいつで
も起きそうなものでした。


           一次トリアージ

            応急救護所

        訓練指揮者のイクバル氏

           講評(辛目?)
 今回の訓練を検証することで、よりよい方法を模索するというのが大きな目的であったため講評は少し辛目?
 その後に、JPRから地元消防団へ寄贈した可搬式ポンプの贈呈式も行われました。
 全ての公式行事が終了し、恒例のフォトセッション!
 今回の支援の総括ですが、我々が不在の間の訓練態勢がいまだ確立されていないこともあり、初日のBLSスキルチェッ
クでは以前できていたはずのスキルができていない受講生が多数見受けられました。

 時間の経過と共に思い出してはくれましたが、限られた時間の中で、ここで多くを割くのはお互いに有益ではありませ
ん。

 BLSのビデオを受講生全員に、またBLS人形はミニアンを含め6体の体制ができたこともあり環境はある程度整った
と思います。

 次にリーダーとなるキーパーソンの養成が必要だと思います。
 集団災害については指揮者や幕僚のありかたについて、個別指導が必要であると思いますが、トリアージ、トリートメン
ト、トランスポートのいわゆる3つのTについては修正点はたくさんありますが、考え方は概ね伝わったのではと感じてい
ます。

 今回は初めて会長不在での支援となり、他の参加隊員の方にはかなりご負担をおかけしたと思います。
 役不足の会長代理でしたが、参加隊員やカリキュラム作成に関わっていただいた方々、また普段陰日なたから応援してく
ださっている会員の方々に支えられ無事支援を終え帰国することができました。

 今後も皆さんのお力添え無くしてJPRの発展はありません。
 今後ともよろしくお願いいたします。
 また、海外支援を躊躇している皆さん、JPRは決して難しいことをしているわけではありません。
 すべてのスキルを身につけている必要もありません。
 研修会等で共に学びあうことも可能です。
 是非一度、海外支援にご一緒しませんか? 多くの人間で同じ夢を見ればその夢は現実になるかもしれません。
 我々JPRの夢は簡単な技術で途上国といわれている国の、助かるはずの多くの人の命を救うことです。
  "A dream you have alone is only a dream, a dream you have together is reality."
 これはオノ・ヨーコの言葉ですがまさにその通りだと思います。
 間も無く、インドネシア第4回支援に向けてカリキュラムの作成が始まります。
 皆さんのご参加を心よりお待ちしております。
日本国際救急救助技術支援会

Japan Paramedical Rescue :JPR

播 磨  賢



2008・9・18掲載

 インドネシア支援の振返り

 8月31日から9月5日までの日程で実施したインドネシア・南カリマンタン州・バンジャルマシン市第3回支援活動の
BLS担当者として、ご報告させていただきます。

 私にとって第二回ザンビア以来の二回目の海外支援、しかも会長不在ということで渡航前から不安でいっぱいでした。
 しかも、今回の支援ではBLSの担当をすることもあり、前回の支援よりさらに重圧がかかり、渡航前から緊張の日々が続き
ました。

 しかし、いざ関空に着き会長代理の播磨隊長の顔を見るとホッとし、少し緊張がほぐれそして、見送りの方々の顔を見て
更に緊張がほぐれました。

 JPRメンバーの温かい見送りのおかげで、そして頼りになる播磨隊長の存在が、大きな力になってくれました。
 関空の出発前には、会長のありがたいお言葉を頂戴し、キュッと気を引き締め関空を飛び立つことになりました。
 関空からバリ、そしてジャカルタ、バンジャルマシンへと播磨隊長の下、全員無事で宿泊するホテルに到着することがで
きました。

 ホテルに着いたのも、つかの間早速会場に足を運び、一日目の支援内容であるBLSのために、資機材のチェックや会場の設
営を開始しました。

 その後、歓迎の挨拶やJPRメンバーの自己紹介をしたのち、すぐにBLSに移りました。
 第一回から行っているBLSでも、時が経つと記憶も薄れていくのか、手技を忘れている受講生もチラホラいました。
 そのため、手技の確認をメインの指導内容に変更し、指導することになりました。
 忘れていた受講生も、体を動かす実習形式の指導内容で復習すると飲み込みが早く、BLSの手技をすぐに思い出したようで
した。

 受講生の中には休憩時間を削り、バックバルブマスクの使い方を練習いている人もいました。
 受講生の多くは実際に自分の体を動かすことで生き生きしてくる人が多いように感じました。
 実践することで、興味を示し学んでいかれる方が多いので、今後の支援でも受講生が参加型の指導が効果を得るのではと
感じました。

 BLSは基本中の基本です。
 しかし、簡単な手技でも時間の経過とともに、忘れていきます。
 その忘れを如何に最小限にし、かつ長期記憶が保てるような方法が必要であると感じました。
 今回の支援では幸いにも、BLSの人形が数体、そしてインドネシアの方で学習できるような教材
を確保できることができました。

 この教材を使って今回の受講生が、より多くのインドネシアの方々にBLSを広めて頂けたら、
BLS担当としては、限りない幸せであります。

 今回の支援が無事終了したのも、現地で関わってくださった方々、第3回の支援カリキュラムに関わってくださった
方々、そしてなりよりJPR会員のみなさまの応援がなければ成しえることが出来なかったことです。

 ほんとうに、心から感謝致します。
日本国際救急救助技術支援会

Japan Paramedical Rescue :JPR

関  祐 介


 

支援参加 レポート
 第3回 インドネシア支援に参加して (1)

 JPRとの出会いは、去年の夏、横浜のミーティングの時でした。
 その時、ザンビアの報告をみて、いつかは自分もJPRの一員として皆さんと一緒に参加できたらと考えていました。
 その夢が叶い、今回の支援に同行させていただくこととなりました。
   
 支援前のミーティングや勉強会に参加できず、自分が何をすればよいのかさえわからない状態だったので、同行する隊員の足でまといにならないか不安で一杯のまま合流となりました。
 1日目、バンジャルマシンにつくと、開会のセレモニー、受講生との対面、そしてすぐさまBLSの指導となりました。
 緊張と不安と期待の入り混じった気持ちで始まりましたが、日本語はもちろんのこと、お互いに英語も話せなくてコミュニケーションがとれず悪戦苦闘し、わからないなりにも何とか伝えたいと必死になることで、いつの間にか緊張もとけていました。
 前回の支援の報告では、流れはできており復習程度で大丈夫との事でしたが、受講生にやってもらうと、確認、観察、スキルともどもぐちゃぐちゃで、驚きました。
 しかし、やる気は十分ある受講生、なんとか必要な知識、技術を身に付けてもらおうと、ミニアンも使用して3つのブースに分けて指導することで、1日目の終了時にはようやく形になってきたように感じました。
 言葉によるコミュニケーションがとれないことが、こんなにも大変なことだと改めて痛感しました。
 言葉による指導も必要であり、根拠や理論も大切であることから、お互いに共通の言語を調整していく必要があると思います。
 実技においては、人形やミニアンがあるので、小ブースでの訓練の実施がよいと思いました。
 また、個人のスキルチェック表をつけ、達成度を目でみてわかるようにすることもよいのではないかと思います。

 2日目の全身観察においても、始めはBLSと混じってしまい、何をどこまでやっているのかみえませんでしたが、回数を重ねることで徐々にできるようになり、最終的にはBLSをしなければいけない状態なのか、全身観察をして鑑別診断しなければいけない状態なのかを、なんとなく出来るところまできたのではないかと思います。
 ただ、受講生によって自己流でやったり、個々で差が出来てしまい一定のところまで引き上げることができなかったのは、とても悔しく心残りでした。
 3日目の一次トリアージゲームは、全員が実践できるような方法であったためか、飽きることなく真剣にやっていたように感じました。
 講義も真剣に聞いており、質問も出る場面もみられました。
 しかし、トリアージの意味を理解していないような印象を受け、今後もフォローが必要だと思いました。
 午後のデモンストレーションは、改善するところは多々あるものの、真剣に取り組んでいる姿がみられ、形にはなっていたように思います。
 現在の問題点が浮き彫りになったことでは有効であったと思います。
 JPRの活動によって、少しずつですが、人々や国が変わっていく過程を体感でき、感動しています。
 だからこそ、この活動をやったという感想のみとせず、客観的な記録、データの収集、評価を行うことが大切だと感じました。
 また、一年間の支援が終了した後も、継続したフォローアップをしていくことも重要だと思います。
 全体を通して、受講生のみなさんは明るく笑顔で対応してくださり、私自身が助けられました。
 タイトなスケジュールで、思うようにいかないこともありましたが、継続して次回の支援にも参加
したい、と思うほど充実し、得るものがあったと思います。

 最後に、このような貴重な体験をする機会を与えてくださったことを感謝するとともに、第3回イ
ンドネシア支援に同行した隊員をはじめ、サポートしてくださったJPRスタッフの皆さん、神戸インド
ネシア友好協会の皆さんに、深く感謝いたします。

日本国際救急救助技術支援会

Japan Paramedical Rescue :JPR

俵   真 弓

 第3回 インドネシア支援に参加して (2)

 学生の頃にJPRの存在を知り、大学卒業まではHPを覗いたりするのにとどまり、いわば「ファン」という形でのJPR会員でした。
 大学を卒業し、時間的にも経済的にも少々の余裕が出来たことから念願の現地支援、第三回インドネシア支援参加に至りました。
 初参加ながらマレーシアからの現地合流というイレギュラーな形での参加に配慮頂き、感謝しています。
 初めて尽くしの中での参加でしたが事前準備の段階から積極性に欠けた部分は自分の大きな反省点です。
 そんな中、現地での支援を通じて感じたことを振り返ってみたいと思います。
 若干、ネガティブフィードバック気味ですがご了承下さい。
1、意識改革
 第一回、第二回の支援に参加していない為に継続した見方で受講生を見られているわけではないので支援開始当初と現在までの変化を捉えられていませんが、四回に渡って技術支援を受ける三十名は二億人余りのインドネシア国民の命を守るべくして選ばれた三十名であり、「自分達がやるんだ」という意識を強く持ってもらうことがまず土台として必要不可欠だと感じました。
 目的は受講生がBLSのデモが出来るようになる事ではなく、四回に渡る技術支援を修了する事でもなく、近い将来、この支援で得たものを土台にインドネシア国民の命を守れる様になる事にあるのだと思いました。
 その点、最終日の集団災害の訓練ではその内容はともあれ、受講生の怖いくらいの真剣な表情が見られた事は大きな収穫であるとも思いました。
2、目的の一致
 支援の冒頭に播磨さんが挨拶の中で引用したオノ・ヨーーーコさんの言葉、"A dream you have alone is only a dream,a dream you have together is reality."は初めて聞きましたがとても素晴らしい言葉で感激しました。
 しかし、ここで自分が大切だと思う事はただ「皆で夢をみる」だけでなく「皆で同じ夢をみる」という事です。
 それは受講生同士だけでなく指導するJPRスタッフも含めて「皆で同じ夢をみる」という事です。
 JPRの技術支援は国内のそれとは大きく異なる点が多く目標はその都度、到達度に応じて柔軟に修正していかなければならない分、常に受講生とJPRスタッフの目標を一致させていくことは困難ですがせめて「皆で同じ夢を見よう」という共通認識は持って居たいと思いました。
3、共通言語によるコミニケーション
 言葉が通じない事は仕方のない部分ではありますが、簡単な英語も一部の受講生にしか通じない事がこれ程までに厳しい状況を招くとは思いませんでした。
 最終日の集団災害の際、自分は二次トリアージを担当しましたが、通訳のアダムに予め「赤」「黄」「緑」のインドネシア語での言い方を教えて貰った事がいくらか受講生とのコミニケーションを取りやすくしてくれた様に感じました。
 少しでもコミニケージョンを良く取るために、受講生にBLSや全身観察、トリアージを実施するに当たって最低限必要だと思われる単語を英語で覚えてもらったり、時にはJPRスタッフもそれらをインドネシ語で覚えて支援に望む事も有効な手ではないかと思いました。
4、理由付け

 医学的教育を受けている背景にばらつきがある受講生に対し限られた時間の中でBLSや全身観察、トリアージを指導していく上でどこまで掘り下げてその理論を説明するか、その度合いは非常に難しいと思います。
 理論に比重を置き過ぎて受講生の理解を超えてしまってはやる気を削いでしまいますし、逆に理論をすっ飛ばして手技のみに比重を置く事も各々の手技を「分かる」ことはできても「解る」ことはできないと思いました。
 各々の手技において「何故、それをやるのか」という簡単な理論の説明付けはやはり必要だと思いました(for example:何故、人工呼吸をするのか→誰でも一分でも呼吸を止めたら苦しいでしょ? など・・・)。
5、救急隊員育成とシステムの構築
 今、JPRで支援しているのは主に救急隊員のスキルアップや資器材の寄贈による環境の整備だと思います。
 病院前医療のシステムを構築するのに救急隊員の育成の他に必要不可欠な要素として通信システムの充実と病院前医療を受ける国民からの需要と国民へのPRがあると思います。
 それは需要なきところには供給はありえないと思うからです。
 故にインドネシにおいて「118」が本当に機能しているのか非常に気になりました。
 通信システムの整備にも参入していくのであれば通信を専門にしている他のNGOなどの団体とのコラボレーションもあり得るのでしょうか?
6、リーダーの育成
 二億人余りインドネシア国民の中でJPRの技術支援を受けている三十名の受講生が間違いなく、これからのインドネシアの病院前医療の中核を担っていくことは間違いないと思います。
 JPRの四回の技術支援が終われば後は受講生自身の自らの積極的な学習態度があるか否かがインドネシアのこれからの病院前医療の方向性を決めるといっても過言ではないと思います。
 最終回の現地支援では三十名という集団の中でさらにリーダーシップを取っていける人材の育成が求められると思いました。
7、評価
 多くのものをかけて行ってきているJPRの支援を単なる事実で終わらせたくないという思いが非常に強くあります。
 いわば、「自分たちはこれだけやった」という自己満足には終わりたくないという気持ちです。
 そうさせない為にもやはり次回の現地支援最終回を終えた時にはその状況をしっかりと評価する作業が必要だと思います。
 JPRでもなくインドネシ当局でもなく第三者による評価が望ましいと思いますが、困難なようであればJPR自身が掲げた目標を考慮した上での厳正な評価をしていく必要があると思いました。
8、隣国マレーシアの救急医療と比較して
 私は学生時代よりマレーシアの救急医療に触れる機会が多くありました。
 今回の第三回支援の直前までマレーシアの病院での研修に励んでおり、余計に隣国同士のインドネシアとマレーシアにおける救急医療システムの違いを感じました。
 マレーシアでは「999」というコールセンターシステムが確立されています。
 通報を受けたコールセンターが救急か警察事案か消防事案かを判断し該当する機関へ出場司令を出すというシステムです。
 救急要請は救急車が配備されている公立・私立病院、軍、公共機関へ繋がれます(多くは公立・私立病院)。
 指令を受けた直近の機関は現場へ急行し、医療機関へ搬送します。
 病院へ到着するとまずPrimary Triage Counterでトリアージされ院内の赤・黄・緑ゾーンへ振り分けられます。
 このようにマレーシアでは救急医療システムが非常に良く整備されています。
 また、日常的にトリアージを行っている為、トリアージの概念も良く理解していると言えます。
 今年も首都であるクアラルンプール国際空港にて航空機火災を想定した大規模災害訓練が行われました。
 隣国であるマレーシアでは既に病院前医療システムが確立されている事はインドネシアにおいてこれからの病院前医療を担っていく受講生にとっても気持ち高く保つ良い刺激になるのではないかと思いました。
9、客観的指標から
 救急医療の分野においてはその国の一人当たりのGDPが3,000US$以上必要であると言われているそうです。
 3,000に満たないインドネシアで救急医療を整備していくには相当の工夫が必要なのかもしれません。
 日本:34,312 マレーシア:6,947 インドネシア:1,924
 最後になりましたが、JPRスタッフをはじめ神戸インドネシア友好協会の方々、関わって下さった全ての方々へ心から感謝の意を表したいと思います。
日本国際救急救助技術支援会

Japan Paramedical Rescue :JPR

高 山 祐 輔



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